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皆さんお元気でしょうか。二月に入り節分も過ぎて旧正月の二月七日も昨日でしたね。今、アジアの中国(昨年私も行って来た国)は、お正月の真っ直中でものすごく賑わっている事でしょう。かつて、日本も旧暦でしたが、今は新暦で進んでいます。思い起こしますに、小学生の頃、祖母によく「今日は、旧の何日なの」と尋ねられた事でした。私の今は亡き両親も私が、高校生の頃までは旧正月でも良くお餅を搗いていました。ただ、今の日本は、お正月休みも公務員が六日間で、ともすれば民間が長い位の休みになっていますが、中国の休みは、公務員は長いですと、中国大連で通訳をしている私の友達が言っていました。それに、当社のお客様で中国から商品を輸入している、某会社の会長様も商品を注文する時は、お正月を見越して計画しないと中国は、春節(お正月)の一ヶ月位前から、一人抜け二人抜けの帰省に入り、お正月過ぎても一ヵ月後位にならないと、工場の従業員は揃わないそうです。それはごく当り前の事だそうで、いやはや何とのんびりしているか、うらやましいとも言える現実です。日中友好協会の中国語の先生も言っていたのですが、日本人とは、生活習慣も物の考え方も違うと、やはり大陸人かな?と私自身感じます。私が就職した頃、団塊世代にとっては、本当に働きづめの毎日だったと思います。会社はもちろん土曜日、祝祭日の休みなし、日曜日だけで、職人さん達は、まださらに少ない休みで第一・第三日曜日だけの月ニ回という働き振りで朝早くから夜は、人によっては午前様まで仕事をしても別に苦情を言われることもなく、皆一生懸命で、アメリカに追い付け追い越せの時代だったし、以前高知新聞で読んだ記事にも出ていたのですが、昔、今の高知市旭町サティのある場所に製紙工場があり、今のオンブズマン的な人達が生コンを排水溝に流し込み、一大事のニュースになったことがありましたが、その工場の下流に住んでいた、江の口川の流れているそばの、廿代町の方の証言だったのですが、昭和三十年代当時は、川から異臭が立ちドアのノブも青くサビ回らなくなった。それでも、泣き寝入りだったと、私も子供の頃、親戚がありあの臭いや光景は良く覚えています。今や日本はアメリカに次いで世界第二位の水準まで上がり裕福になると、皆が一斉に発言しだしたし、公務員も襟をたださなければならなくなったかとも思い、ふと中国のガイドの話を思い出します。中国も文化大革命までは、国民が皆横一列に並んで進んでいたが、それ以後は、我こそ先にと競い合い、貧富の差が出来たと言っていました。今は、中国の、食の安全等が大問題化していますが、やはり今の中国もかつての日本がたどってきた経緯を経験し日本に追い着き、そして追い越していくかも知れません。事実、自動車の保有台数は、ドイツを抜いて日本に次ぐ世界第三位まできています。それにしても(GDP)実質成長率の五年連続二けたの伸びは日本にとって、なんともうらやましいかぎりです。 代表取締役 鎌倉 誠夫
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